キューバと俺 

キューバの虜になった大学生。

こんな俺がブログなんて、、

はじめまして、ちかしです。

ネットにはお世話になりつつもオンラインの世界が嫌いな僕がブログを書くことになるなんて、自分でもびっくりしてます。

 

ってことでまずは自己紹介もかねて、ブログを始めた経緯でも話そうかと。

 

 

今年の4月から大学3年になる僕ですが、父と兄の影響で6歳から野球をはじめ、高校までの12年間続けました。小中学校ともにキャプテンをしていましたが、特に上手いわけでもなく、選手としての特徴は“声がでかい”だけでした。

 

進学先の高校は県内では進学校と言われる学校で、夏の大会はいつも一回戦負けのチームでした。そのチームですらベンチにぎりぎり入れたくらいの選手でした。

 

でも、技術はともかく野球はめちゃくちゃ好きです。とりあえず暇な時間があったら壁当てか素振り。野球なしの人生は考えられないくらい、常に野球が生活にありました。

 

高校3年間、夏の大会までは勉強は赤点を取らないくらいの最低限のことしかしていませんでした。僕なりに高校野球にすべてをつぎ込みました。なので最後の大会に出場することはできなかったですが、高校野球はやり切れました。

 

その後、周りのサポートに支えられ公立大学に後期で滑り込みで合格し、新たな大学生活を楽しみにしていました。

 

そんな中、大学でも野球を続けるか迷っていました。

 

が、やっぱり高校でやり切った野球をもう一度スイッチをいれるのは難しく、中途半端に野球をしてしまうのは嫌だったので大学では野球はしないことにしました。

 

人生の柱としての野球がなくなり、特にすることもなくなった大学生活の幕開け、と思っていました。

 

 

しかし、“ある経験”が当初描いていた大学人生を変えることになります。

 

 

実は、ぼくは、ちょうど野球を始めたくらいの歳に見ていた海外の街歩きの番組にかなりはまって、“海外”に行きたいなという思いを持っていました。

ですが、今まで書いてきた通り野球中心の人生だったので、中学や高校で海外に行けるプログラムを目にしても、野球を休んではいけないので断念してきました。

 

大学に入り、私の所属する学科が留学制度がしっかりしているというのもあり、小さい時の憧れである“海外”が再び気になりだしました。

 

部活にもサークルにも入るわけでもなく迎えた大学1年の夏、兄に「タンザニアに行くけど一緒に来るか?」と聞かれました。

 

僕の大学入学とほぼ同時期に一年間のタンザニア留学から帰ってきた兄は、卒業論文の完成と現地の友達に会うために再びタンザニアに行くつもりでした。海外に行ったことがない私はタンザニアであろうが南極であろうが(南極はまた話が違うな)どこの国であろうが返事はYESでした。

 

そしてこの初海外タンザニア経験と、二人の恩人(この方たちの話も後々)のおかげで大学が当初の予想より充実したものになっていきます。。。。

 

 

 「海外に行くと世界が広がる」というような決まり文句はマジでした。

 

 海外をみて自分の存在はちっぽけだなと気づかされる一方で、それでも自分の存在が多くの人と触れ合っていることも真実なんだと思いました。

 

 帰国してからは授業に挑む姿勢も、行動力も、考え方も変わりました。

 

 そんなこんなで、自分の考えや経験を多くの人に共有し、共有されたいなと思いブログを始めるに至りました。

 

 最後にタンザニアのお土産屋で仲良くなったおっちゃんが僕に言ってくれた言葉を紹介して締めようと思います。

 

「お前にとっての先生は、お前が出会うすべての人たちだ。一人一人がお前に最高の授業をしてくれるんだ。」

 

 

ありがとうございました。

 

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くせがえぐい